アセッサー養成講座の「インバスケット演習編」第4回となります。
今回は、インバスケット方針立案演習の成果物からどのように「思考プロセス」を追っていくのかについて解説を行い、インバスケット方針立案演習のまとめを行いたいと思います。
インバスケット方針立案演習の思考プロセス
思考を展開する段階では、「どういう手順で思考を進め方か」ということと、「思考のスタイルにどういう特徴があったか」を明らかにします。いくらよい思考手順で進めても、思考のスタイルがミスマッチであれば、質の良い結論には至りません。また、いくら思考のスタイルが適っていても、思考手順が悪ければ、質の良い結論には至りません。
アセッサーは、インバスケット方針立案演習を評価するのであれば、60?90分間の「読む⇒考える⇒書く」といった作業の追体験をします。あまり表現はよくありませんが、例えるならば、思考のプロセスを追うことは「事件現場での犯人の行動を再現すること」と同じだと思っています。状況証拠を頼りに推論を繰り広げ、「こういったことが行われたかもしれない」といったことの検証を繰り返しながら、「動機⇒行動⇒結果」といった一連のストリーを組み立てていきます。
思考のスタイル
まず、思考のスタイルについて説明します。
- 思考の展開は論理的か、非論理的(直感的)か
- 抽象概念を先行させるか、具体論(詳細論)を先行させるか
- 客観性を保って冷静に思考を展開させるか、強い思いを打ち出しているか
- その他、冒険的か安全確実志向か、未来志向か現実志向か、視座は高いか低いか、思考の幅は広いか狭いか、など
思考のスタイルは、習慣化されたものであり、どの思考のスタイルがよいというものではなく、一人ひとりの「個性」であるともいえます。テーマ(命題)によって適した思考スタイルは変わってきます。
例
将来ビジョンを描く:「非論理的」「抽象概念先行」「強い思い」「未来志向」が適する
職場の問題を解決する:「論理的」「具体論先行」「客観的」「現実志向」が適する
思考のスタイルは「不変」のものではなく、意識や訓練によって変えることができるものです。
思考の手順
次に、思考の手順について説明します。ただし、命題によって適切な思考の手順は異なってきます。思考の手順と各々の段階での思考スタイルの例を紹介します。
最適解を選択する場面 ディシジョンメイキング
思考手順 | 思考スタイル・思考の特徴 |
---|---|
1.代替案の理解 | アイデアの数は多いか少ないか、幅は確保されているか |
2.代替案の比較・検討 | 比較項目の数は多いか少ないか、幅は確保されているか |
3.選択の仕方の決定 | 安全性、納得性、現実性、価値観適合性、将来発展性 |
4.選択 | 速い、遅い、果断、曖昧 |
解決策を立案する場面 プロブレムソルビング
思考手順 | 思考スタイル・思考の特徴 |
---|---|
1.状況の認識 | 速い、遅い、浅い、深い、広い、狭い |
2.問題の認識 | 浅い、狭い、部分、全体 |
3.問題構造の解明 | 掘り下げる、決めつける、見えるところまで思考停止 |
4.目標の設定 | 理想主義、未来志向、現実主義、目標なく進む |
5.代替案の立案 | アイデアの数は多いか少ないか、幅は確保されているか |
6.代替案の選択 | 速い、遅い、果断、曖昧 |
目標までの方法や手順を立案する場面 プランニング
思考手順 | 思考スタイル・思考の特徴 |
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1.目標の明確化 | (目標が)高い、(目標が)低い、明確、漠然 |
2.現状とのギャップ認識 | 明確、漠然、分析的、感覚的 |
3.成功要因の抽出 | 重点化、戦略思考、網羅的、総花思考 |
4.方法論の立案 | 論理的、直感的、現実的、自由な発想 |
5.手順化・組織化 | 具体化、手順化、組織活用、緻密、粗雑 |
将来ビジョン(10年先)を描く思考手順 ビジョンメイキング
思考手順 | 思考スタイル・思考の特徴 |
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1.変革の必要性の認識 | 問題意識、改革意識、抜本的 |
2.将来予測 | 未来志向、自由な発想、先見性 |
3.事業機会の見極め | 先見性、顧客視点、重点化 |
4.理想の事業環境 | 構想力、貢献意識、社会性 |
5.事業構想 ビジネスモデル | 実践展開、具現化、戦略性 |
課題(2?3年後)を設定する思考手順 コンセプトメイキング
思考手順 | 思考スタイル・思考の特徴 |
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1.現状認識 | 速い、遅い、浅い、深い、広い、狭い |
2.将来予測 | 未来志向、自由な発想、先見性 |
3.進路の決定 | 果断、大局、現実志向、挑戦志向 |
4.目標設定 | 可視化、数値化、言語化 |
5.課題設定 | 具体化、手順化、全体最適、将来最適 |
状況を認識する段階 インプット
この段階は、?文章等の読解、?言葉の意味づけ、?理解したことの解釈、?状況の理解というプロセスからなっています。文章の意味をよく理解できていない人もいれば、解釈を加えて「インテリジェンス」のレベルまで導いている人もいます。アセッサーがチェックすべきは、以下の点です。
- 言葉の意味を分かって使っているか?
時流の言葉や難しい言葉の意味をよく理解しないまま使って、 「もっともらしい」ことを言っているように繕う人もいるため、注意が必要です。 - 「ということは…」「もしかすると…」といった自分なりの解釈を加えることで、言葉以上の把握ができているか?
受講者は、目的意識や問題意識を強く持って情報に接し、得た情報の解釈を行っていきます。しかし、ほとんどの受講者は、踏み込んだ解釈ができず、「人が育っていない」「組織が機能していない」といった一般論に戻ってしまいます。 - 様々な情報を取捨選択、整理統合しながら、今起きていることを正しく把握できているか?
適切な意味づけ、解釈、取捨選択ができており、状況が正しく把握できているかをチェックします。?の段階までできていれば情報のインプットは完璧です。
思考を展開する段階 どう考えたか?
思考を展開する段階では、「どういう手順で思考を進め方か」ということと、「思考のスタイルにどういう特徴があったか」を明らかにします。先程も申し上げたように、いくらよい思考手順で進めても、思考のスタイルがミスマッチであれば、質の良い結論には至りません。また、いくら思考のスタイルが適っていても、思考手順が悪ければ、質の良い結論には至りません。
私は、思考の結果(結論)は
命題に見合った思考手順 × 命題に見合った思考スタイル
で決まると考えています。
では、思考に優れた人とはどんな能力を持つ人でしょうか?
昔であれば、理解が速く、論理的に考えて、良識ある判断を下す人であったと思います。いわゆる「判断を間違えない人」です。しかし、今は未知・未来に向けて「どこに向かうか」「どんな価値を提供していくか」といった成果のない問いに答えられる人が求められています。そうすると、「思考力=理解力+論理思考力+判断力」という固定観念は崩れたといえます。しかし、だからといって「思考力=創造的思考+発想力+変革志向」と決めつけるわけにもいきません。価値を創れる人も必要、奇抜な発想ができる人も必要、判断を間違えない人も必要、詳細な計画に落とし込める人も必要です。
結局、思考に優れた人とは、「テーマに応じて、それに適した思考手順や思考スタイルを発揮できる人」「自分のない価値観、思考手順、思考スタイルを認め、柔軟に吸収しながらワンランク上の結論を導ける人」なのだと思います。
- 自分の中で多様性を持った人
- 他人との共創の中で多様性を活用できる人
といえます。
多くの受講者が陥っている点
インバスケット方針立案演習では、前述したとおり、「期待成果」「注意事項」をはっきりと示してから取りくんでもらいます。
期待成果 | 組織が取るべき方向を明示する 未来に向けて組織の成長発展に向けた挑戦課題を設定する いままでない新たな取り組みを期待する |
注意点 | ルーティン業務の延長上で考えない、職場の問題解決の範疇ではない 商品・サービスレベルでなく、ビジネスレベルで考える |
しかし、多くの受講者は、現状から積み上げる発想、現状分析の結果から得られる方向性・課題を選択します。
例1: 積上げ型思考
現状の問題を洗い出し、整理し、課題を導くスタイル
最後に、取って付けたように「目標」「施策」を付け加える
未来が見えていない、課題と目標の一貫性がない
例2:星取表によってやることを決めるスタイル
SWOT分析からいくつかの方向性を抽出し、1つに絞っていく
いくつかの案から「コスト」「実現性」「競合優位性」などから選択する
未来が見えていない、今やることを決めるだけとなる
例3:ポジショニングマップの空白の部分を進むスタイル
競合各社の戦略をポジショニングマップに落とし込み、空白の領域を探す
競合のいない、競合の少ない領域に進出する
未来が見えていない、消去法で決めている
これら共通するものは、今を分析しているだけとなっている点です。また、未来に向けた自分の意思が打ち出されていません。
インバスケット方針立案演習における思考手順
インバスケット方針立案演習では、未来志向型の思考手順が求められますが、事前にいくら期待成果や注意点を説明しても、多くの受講者は現状分析型の手順で考えるため、新たな価値は生まれづらくなっています。
現状分析型の思考 | 未来志向型の思考 |
---|---|
1.問題の整理 | 1.将来環境の予測 |
2.環境の分析 | 2.新たな事業機会の発見 |
3.代替案の抽出 | 3.進路や目標の設定 |
4.代替案の選択 | 4.重要課題の設定 |
5.目標の設定 | 5.具体的な計画策定 |
この要因は、学生時代の教育、社会人になってからの教育で「自由に発想する」「自分の思いを出す」ことをやってこなかったからだと思います。入社してからは、以下の「正解主義」のスタンスで教育されてきたからだと思います。
- 手続き通りに仕事を進める
そこに自分の考えはない - 上司の言ったことを忠実に守る
疑問があっても聞き出せない - 価値基軸は、「組織の利益」「組織の規律」「周囲との協調」であり、リスクを避け、確実に組織の利益があがるような判断を行う
インバスケット方針立案演習のまとめ
インバスケット方針立案演習について、いままでお話したことのポイントを以下にまとめてみます。
- インバスケット方針立案演習は未来を切り開く力を試すもの
案件処理を終了し、組織の実態や環境の動向を理解したうえで、3年程度を展望して「組織の新たな目標(ビジョン)」「挑戦課題」を60?90分程度で考えて報告書にまとめる演習です。未知・未来に向けて思考を進めていく力が求めらます。 - インバスケット方針立案演習の評価は案件処理よりも難しい
インバスケット案件処理演習は状況が限られているので、受講者の解答はだいたい想定の範囲に入ります。ある程度「妥当解」の方向があります。一方、方針立案演習では、思考の範囲は広がり、「着眼」「思考の手順」「思考のスタイル」が一人ひとり異なっており、内容面の評価は難しくなります。また、「一発勝負」となるため、受講者の潜在しうる能力がきちんと発揮されたものかの判定は難しくなります。 - アセッサーは自分の価値観で評価してはいけない
どういった構想をしようとも、どういった課題を設定しようとも、自分の価値観で「良い悪い」「好き嫌い」を判定してはいけません。価値判断を挟まず、書かれた事実をそのまま受け取ります。そして、「結果」でなく、プロセスで発揮された個別能力を評価します。ケーススタディ(架空の正解)であるため、受講者は何でも書けます。本気でそう思ったのか、自分から率先してやろうと思っているのか、アセスメントだから書いたのか、この峻別を行う技量が求められます。 - 思考のプロセスを見るということは「思考手順」「思考スタイル」を見ること
アセッサーは以下のフォーマットに整理し、所定の能力を評価します。
思考手順 | 思考スタイル | 表現の特徴 |
---|---|---|
1.将来環境の予測 | 非論理的、感性と感覚 | 記述量多・エネルギー |
2.新たな事業機会の発見 | 主観的が強い | 論理構築・文章構成力下手 |
3.進路や目標の設定 | 抽象概念先行・具体論先行 | 読み手志向は薄い |
4.重要課題の設定 | 大局的視座・局所的視座 | 思い・意思・志は強い |
5.具体的な計画策定 | 冒険的・挑戦的 | インパクトは大きい |
↓ ゴールから発想している 一つ一つ明快 一貫性は不足する | ↓ 主観が強い、感覚先行 果断な意思決定 現場の視点、具体論中心 | ↓ 繊細さはないが、思いは強い 説得力はない |
おわりに
今回で、アセッサー養成講座の「インバスケット演習編」が終了となります。次回は、思考面を評価するもう一つの方法である「論文審査編」の解説を行っていきます。インバスケットのような「ケーススタディ」と「論文審査」では、下記の点が異なります。場合によって、「ケーススタディ」と「論文審査」を使い分けていく必要があります。
ケーススタディ | ケースの主人公となって考えるため、専門性が使えない。 評価したい能力にあったケーススタディを選択できる。 ケースを読み、考え、報告書を作成するので時間がかかる。 ケースの作成にも時間や費用が掛かる。 定型業務が中心となる者は不利となりがち。 |
論文審査 | 自由に書けるため、経験則や価値観などを発揮出来る。 意識の高さ、理想の高さなど、スキル差よりも資質の差が出やすい。 与件情報がないため、演習時間は短縮できる。 ケーススタディよりも、気軽に実施できる。 職種によって有利・不利は生じづらい。 |
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